「エンドオブライフ」で、ゲストスピーカーをお迎えして講義を聴講!
5/13(月)第5回のエンドオブライフの講義は千鶴園の三木副施設長を迎えて講義をしていただきました。
三木さんは在宅(訪問看護)での「看取り」や施設(特別養護老人ホーム)での看取りを経験されており、「平穏死」についての講義をいただきました。 三木さんは「看取り」に対する取り組みを「結いけあ(ゆいけあ)と呼ばれ、本人だけでなくその想いは家族へつながるものという考え方をされています。
お話しいただいた事例の中には「ショパンの別れの曲」を聞きながら、家族に囲まれて亡くなられてた方、何も食べられなくなっても口腔ケアで使った「マヌカハニー」を口の中で味わっておられた方、家族のイベントが次々とあり、すべてのイベントが終わるまで亡くなることを待って下さった方のお話など一つ一つの事例が「あっぱれ!」と叫びたくなるような最後の迎え方でした。 亡くなることを「自然な生命の経過を尊重すること」を大切にして、本人にとって最良の状態に「整え」そして「維持」します。との考え方が印象的でした。
また、学生たちからは以下のような感想がありました。 「看取り」の授業を受けて、今までとは"死"についての考え方が少し変わった。これまでは、死とは縁起の悪いもの、悲しいこと、別れ、などネガティブなイメージが強かった。そのため、看護師である母の仕事の話を聞いていた時も、昔から「なんで目の前で人が死ぬところを見られるの」、「患者の死って乗り越えられるものなの?」となんとなく"死"とは私たちにはまだまだ想像がつかないものであり、また想像したくないものでもあった。しかし、今日の講義を聴いて、 "死"は誰もが迎えることであり、その全部が全部悲しいこと、縁起の悪いことではないのかもしれないと考えた。
今回の講義を受けて、私の死生観に対する考え方が大きく変わりました。今までは、死というものは辛く、悲しいものであり、だれにとってもいいものであるとは思っていませんでした。しかし今回の講義を受けて、死生観は、明るいものでもあるという考え方に変わりました。確かに家族と別れるという面ではつらいことですが、その方が、次のステージに向かう、その人らしく最後まで生ききるという面では明るい部分があるなと思いました。たとえ治療はしなくとも、食事や活動面など、その人がやりたいことを精一杯行い、最期まで力のある限り生ききり、悔いのないようにしていただくことはとても大切なことだと思いました。死が近づいているから悲観的な思いで待つのではなく、最期の最期まで精一杯生きるということの大切さを学びました。私もこの先家族や自分自身に死が近づいた時には、後悔のないように最期まで生きることを大切にしてほしいし、したいです。
今回の講義でも、将来にすごく役立つことを学べて有意義な時間となりました。
今後、学生にはしっかりと「死生観」をもって看護に臨んでもらいたいと思います。